はじめに:足元の「要塞」を捨てて、手に入れたもの
大学サークルでのリードギター時代、私の足元には巨大なエフェクターボードが鎮座していました。空間系から歪み、ワウまで、あらゆる音色を網羅した「要塞」のようなボード。それこそがギタリストの誇りだと信じて疑わなかったからです。
しかし、現在活動しているバンド”Entique”でギターボーカルとして3年目を迎える今、私の足元は当時の半分以下のサイズにまで凝縮されました。
なぜ、私はあんなに大切にしていた機材を減らしたのか。そして、機材を減らしたことで、なぜ逆に「歌もギターも良くなった」と言われるようになったのか。
今回は、ポジション転換を経て辿り着いた、「引き算の機材論」を5つのチャプターで詳しくお伝えします。
視線の「自由」を確保するため —— 下を向く時間を1秒でも減らす
リードギター時代は、曲の展開に合わせて複雑なスイッチングをこなすことが一つのステータスでした。しかし、ギターボーカルにとって、足元の操作に全神経を注ぐことは、フロントマンとしての最大の武器である「視線」を失うことを意味します。
⚡️ ポイント:フロントマンの仕事は「歌を届けること」
- 観客とのコネクション: 歌い手が足元ばかり見ているライブは、観客を置いてけぼりにします。
- マイクスタンドという制約: ギタボには「マイクから離れられない」という物理的な制限があります。複雑な移動を伴うスイッチングは、歌のピッチを乱す原因になります。
- 「脳のリソース」の節約: 複雑なパッチの切り替えを覚える余裕があるなら、歌詞の情動や客席の反応にそのリソースを割くべきです。
🛠 解決策:スイッチを「踏まない」セッティングへの移行
- 「歪み」の段階を減らす: クリーン、クランチ、リード……と細かく分けず、ギターのボリュームノブ一つで歪み量をコントロールするスタイルに変えました。これにより、足元の操作をゼロにしながら、ニュアンスの変化をつけられます。
- マルチから厳選したコンパクトへ: あえて選択肢の多いマルチエフェクターはこだわりとして残しながら、その中の一部しか使わないという道を選びました。
- スイッチャーによる一括管理: どうしても音色を変える必要がある場合は、プログラマブル・スイッチャーを導入。一度のクリックで全ての準備が整うようにし、演奏と歌に集中できる環境を整えました。
🎤 実体験:Entiqueの初ライブでの「大失態」
ギタボ転向直後の初ライブ、私はサークル時代の癖で巨大なボードを持ち込みました。複雑な曲展開でスイッチを何度も踏み分けようとした結果、肝心なサビでマイクから口が逸れ、ギターの音色を切り替えるのに必死で歌が棒読みになってしまったんです。録画を見返したときの「これはボーカルじゃない、ただの忙しいギタリストだ」という絶望感が、機材削減を決意した瞬間でした。
アンサンブルの「隙間」を作るため —— 空間系との付き合い方
リードギター時代、私は「リバーブ」や「ディレイ」をかけっぱなしにして、空間を埋め尽くすのが大好きでした。しかし、ギターボーカルの視点に立つと、その「豪華な音」が歌の明瞭度(明快さ)を奪っていることに気づきました。
⚡️ ポイント:歌とギターは「音域」を食い合う
- ボーカルのレンジを邪魔しない: 厚すぎる空間系は、歌の繊細なニュアンスを塗りつぶしてしまいます。
- リズムのキレを優先する: ギタボが刻むべきは、楽曲の推進力となるリズム。深い残響はリズムを曖昧にし、バンド全体のテンポ感を削いでしまうことがあります。
- 「ここぞ」という時だけ広げる: 常に広い音場ではなく、間奏やソロの時だけ空間を広げることで、コントラストが生まれ、楽曲がドラマチックになります。
🛠 解決策:引き算の空間系活用術
- リバーブを切り、「ドライ」な音に慣れる: 最初は不安になりますが、リバーブを最小限に(あるいはゼロに)することで、ピッキングの強弱や歌のタイミングが驚くほどシビアに、かつ明確に聞こえるようになります。
- ディレイは「付点8分」などリズム補完に絞る: ただ響かせるためのディレイではなく、リズムを強調するための設定に限定します。
- リードギターに空間を譲る: 自分が歌っている間は「乾いた音」でリズムをキープ。この信頼関係がアンサンブルを劇的にプロっぽくします。
🎤 実体験:Entiqueでの音の棲み分け
今のリードギターと組んで最初の頃、お互いに空間系が大好きで、バンドの音が常に「お風呂場の中」のようになっていました。ある日、私が思い切って自分のリバーブを完全にOFFにしてみたんです。すると、不思議なことに歌がスッと前に出て、リードギターの繊細なアルペジオが綺麗に浮き上がってきました。「引くことで得られる豊かさ」があるのだと、3年目の今なら確信を持って言えます。
搬入・搬出という「現場のリアル」を解決するため
バンドマンにとって、機材の重さはモチベーションに直結します。特にギターボーカルは、物販の準備やライブ後の挨拶など、演奏以外でもフロントマンとして動く機会が多いものです。
⚡️ ポイント:機材の軽さは、心の余裕に繋がる
- 「移動の疲れ」を演奏に残さない: 巨大なボードを抱えて電車移動するストレスは、本番の集中力を奪います。
- トラブルのリスクヘッジ: パッチケーブルや接点が増えれば増えるほど、断線やノイズのトラブル確率は上がります。シンプルであることは、それだけで「最強の保守」です。
- 転換時間の短縮: ライブハウスでの対バンイベントにおいて、スピーディーな転換はライブハウススタッフや対バン相手への最高のリスペクトになります。
🛠 解決策:ミニマル・ボードの構築
- パワーサプライの小型化: ボードの重量の多くを占める電源周りを見直し、軽量で高出力なアイソレート・パワーサプライに交換しました。
- ボード自体の軽量化: アルミ製の軽量フレームを採用。さらに、必要最小限のサイズに買い替えることで、物理的に「これ以上機材を増やせない」状況を作りました。
- ギグバッグに収まるサイズを目指す: エフェクターケースを別で持つのではなく、ギターケースのポケットや、背負えるサイズのリュックに収まるサイズ感。これが、フットワークを軽くする正解です。
🎤 実体験:サークル時代の「台車」からの卒業
サークル時代は「機材車が出るから」と甘え、巨大なボードを台車で運んでいました。しかし、自分たちで企画を立て、電車で会場へ向かうEntiqueの活動では、その「重さ」が牙を剥きました。ライブが終わってクタクタの中、重いボードを抱えて帰るのが苦痛で、一時期ライブが嫌になりかけたことも。今の軽量ボードに変えてからは、帰り道にメンバーと感想を言い合う余裕もでき、音楽活動そのものがより軽やかになりました。
音色の「迷い」を断ち切るため —— 究極の1音に魂を込める
選択肢が多いことは、一見幸せなことに思えます。しかし、2年のリード経験と3年のギタボ経験を経て思うのは、「選べる音が多すぎると、表現の芯がブレる」ということです。
⚡️ ポイント:そのスイッチ、本当に必要ですか?
- 選択のパラドックス: 音色がたくさんあると、「このパートはこの音かな?」と、演奏よりも「音選び」に意識が向いてしまいます。
- ピッキングで解決する力: 機材を減らすと、音色の変化を「指先」で作るしかなくなります。これが結果として、ギタリストとしての表現力を底上げします。
- シグネチャー・サウンドの確立: 「この人の音はいつもこれだ」という一貫性が、バンドの個性(アイデンティティ)になります。
🛠 解決策:表現の「軸」を作るための制限
- 「メインの歪み」を1台に絞る: 自分の声に最も合う、最高のオーバードライブを1台だけ選ぶ。それ以外の音色は、ギターのボリュームとトーンで無理やり作る。この制限が、逆にクリエイティビティを刺激します。
- チューナーは「精度」と「速さ」だけを求める: 余計な機能は不要。一瞬で調律が終わる、信頼できるチューナー1台。これこそが、フロントマンが持つべき最強のエフェクターです。
- 「何を使わないか」をリストアップする: 憧れのギタリストが使っているから、という理由で持っていたペダルを一度全て外します。自分にとって、そしてEntiqueにとって「不可欠な音」だけを残しました。
🎤 実体験:結局、一番いい音は「ギターとアンプ」だった
機材を半分に減らして驚いたのは、アンプから出てくる音が以前よりも「太く、生々しく」なったことでした。多くの機材を通ることで痩せていた音が、最短距離でスピーカーから放たれる。その音に自分の歌を乗せたとき、初めて「あ、これが自分のバンドの音だ」と腑に落ちたんです。機材に頼っていた頃の自分には出せなかった、本当の鳴りがそこにありました。
リードギター(過去)へのリスペクトを形にするため
機材を減らしたのは、決してリードギターとしての自分を否定したからではありません。むしろ、2年間のリード経験で得た知識を、最大限活かしてもらうための、戦略的な決断でした。
⚡️ ポイント:二人のギタリストによる「究極の棲み分け」
- 周波数の譲り合い: 自分が中低域を支えるシンプルな音でいることで、リードギターが華やかな高域やエフェクトを存分に使える「空き地」を作ります。
- 視覚的なバランス: フロントマンがシンプルで、リードが要塞のようなボードを使っている。その対比が、バンドとしての役割を視覚的にも強調し、ステージングに説得力を与えます。
- 「音の壁」を作るのはリードの役目: 自分が歌っている間、バンドをドラマチックにする役割を、全幅の信頼を置いて相方に託す。それがギタボとしてのリスペクトの形です。
🛠 解決策:二人のアンサンブルを最適化するコツ
- スタジオで「逆」をやってみる: 一度、リードギターの機材を借りて弾いてみる。相手がどんな苦労をしてその音を作っているかを知ることで、自分がどう引くべきかが見えてきます。
- 「音のバトン」を意識する: 「ここでは僕が歌で引っ張るから、ギターはバッキングに徹する。間奏では君が主役だから、思いっきり派手な音を出してくれ」。この明確な役割分担が、機材セッティングに反映されます。
- 足元のカラーを統一する: Entiqueでは、二人のギターの音が混ざり合ったときに一つの完成された絵になるよう、お互いのボードの傾向をあえて対照的にしています。
🎤 実体験:信頼が生んだ、最高のアドリブ
ある日のライブで、機材トラブルにより相方のリードギターの音が出なくなった瞬間がありました。以前の私ならパニックになっていたでしょう。でも、自分の足元がシンプルだったおかげで、瞬時に自分のギターのトーンを上げ、リードの役割を補完するプレイングに切り替えることができました。二人の役割を理解し、機材を整理していたからこそできた、機転の利いたステージでした。
まとめ
リードギターとしての2年間、そしてギターボーカルとしての3年間。この歩みの中で私が辿り着いた「エフェクターボードを半分にする」という選択は、単なる機材の整理ではなく、「何を一番大切にしたいか」という信念の整理でした。
今回のポイントを振り返ります。
- 視線を上げること: フロントマンとしてのコネクションを最優先する。
- 歌の隙間を作ること: 引き算の美学でアンサンブルを輝かせる。
- 現場の機動性を上げること: 軽さは、ライブ当日の心の余裕を生む。
- 音の芯を出すこと: 最小限の機材で、最大限の表現力を指先から引き出す。
- 役割を全うすること: 相方への信頼を、機材の棲み分けで表現する。
ギターを始めたばかりの頃は、どうしても「足し算」で自分を武装したくなります。でも、もしあなたが今「歌いながら弾くこと」や「バンド全体の音」に悩んでいるなら、一度、勇気を持って何か一つ、エフェクターを外してみてください。
その空いた隙間に、新しい発見や、歌への情熱、そして観客との絆が入り込んでくるはずです。
まずは、自分のエフェクターボードの中で「この1ヶ月、ライブや練習で一度も踏まなかったペダル」を探してみてください。それを思い切ってボードから降ろし、その分だけ、いつもより一歩前を向いて歌ってみる。そこから、あなたの「新しい音」が始まります。
週末の練習やライブ、軽やかになった足元で、最高の音楽を鳴らしてきてください!


